言葉にならない感情を解き放つ:アートジャーナリングがもたらす内面の安定
人生においては、時に言葉では表現しきれない複雑な感情や、抱え込んでいるプレッシャーに直面することがあります。特に、日々の業務や人間関係の中で合理性や論理を優先する場面が多いと、自分の内側で起きている微細な感情の動きや、奥底に押し込めている感覚から意識が離れてしまいがちです。
こうした言葉にならない感情や、認識しきれていない内なる重荷は、知らず知らずのうちに心のバランスを崩し、疲弊の原因となることがあります。論理的な思考だけではアクセスしにくい内面の世界に、どのように光を当て、より健やかな状態を目指せるのでしょうか。その一つの有効な手段として、アートジャーナリングをご紹介します。
アートジャーナリングとは何か
アートジャーナリングは、絵や色、コラージュ、文字など、様々な表現方法を使って自由な形式で日々の思考や感情を記録する個人的な実践です。日記のように言葉で綴るだけでなく、非言語的な表現を積極的に用いる点が特徴です。
「アート」と聞くと、絵を描く技術が必要だと感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、アートジャーナリングにおいては、作品の美しさや技術的な巧拙は一切問われません。大切なのは、自分自身の内側にあるものを、検閲したり評価したりすることなく、ありのままに表現するプロセスそのものです。
感情を抑制することとアートジャーナリング
ビジネスの場面などでは、感情を表に出さず、冷静に状況を判断・処理することが求められることがあります。これはプロフェッショナルとして重要なスキルである一方、感情を「感じるな」と自分に言い聞かせたり、奥深くに押し込めたりすることが習慣化すると、自分の感情そのものに対する感度が鈍くなり、本当に必要な感情のサインを見落としてしまう可能性があります。
感情はエネルギーであり、適切に認識され、表現されることで解放されます。しかし、それが抑制され続けると、内面に滞留し、漠然とした不安、イライラ、あるいは身体的な不調として現れることもあります。
アートジャーナリングは、この「言葉にならない」「抑圧された」感情にアクセスするための架け橋となります。論理や言語のフィルターを通さずに、色、形、線の動きといった直感的な方法で感情を「描く」ことで、普段は意識の表面に出てこない感情の断片を捉え、表現する機会が生まれます。
アートジャーナリングを通じた感情の解放と内面の安定
アートジャーナリングの実践は、以下のような形で感情の解放と内面の安定に繋がります。
- 非言語的な表現による感情の可視化: 怒り、悲しみ、不安、喜びといった感情は、必ずしも明確な言葉で説明できるとは限りません。アートジャーナリングでは、その感情を特定の色で表現したり、線の強弱や形で表したりすることで、内側にあるものを目に見える形にできます。これにより、「自分は今、こんな感覚を抱いているのか」と客観的に認識する第一歩となります。
- 表現することによるカタルシス効果: 感情を内側に留めず、外(ジャーナルページ上)に表現することは、感情エネルギーの解放に繋がります。特にネガティブに感じられる感情であっても、それを紙の上に「出す」ことで、心の詰まりが解消され、一種のカタルシス(浄化)効果を得られることがあります。
- 自己受容の促進: ジャーナルに表現されたものは、自分自身の内面の一部です。「良い・悪い」の判断をせずに、そこに描かれたもの、使われた色、貼られた素材などをありのままに受け入れる練習は、自分自身の感情や感覚全体をあるがままに受け入れる自己受容の感覚を育みます。これは、感情の波に翻弄されず、心の土台を安定させる上で非常に重要です。
- 内面の状態の把握とバランス調整: ジャーナルを継続することで、自分の感情のパターンや、特定の状況でどのような感情が湧きやすいかといった傾向が見えてきます。内面の状態を定期的に「観測」することで、感情の偏りやエネルギーの滞りに気づきやすくなり、意識的にバランスを調整するための行動(休息を取る、好きなことに時間を使うなど)を選択できるようになります。
具体的なアートジャーナリングの実践方法例
アートジャーナリングに決まったルールはありませんが、感情の解放や内面の安定に焦点を当てた実践方法をいくつかご紹介します。
- 「今の気持ちの色」を描く: ジャーナルを開き、目を閉じて深呼吸を数回行います。今の自分の中にどのような感情があるか、静かに内側に意識を向けます。その感情がもし色だとしたら、どんな色に見えるかを直感で選び、ジャーナルページ全体を使って自由に色を塗ったり、点を打ったりします。複数の感情が混ざり合っている場合は、複数の色を使っても構いません。
- 「プレッシャーの形」を描く: 日々感じているプレッシャーやストレスを、もし形や質感を持っていたらどんなものかを想像し、ジャーナルに描いてみます。硬い線、ぐにゃぐにゃした線、塗りつぶされた黒、とげとげしい形など、自由に表現してみてください。描いた後に、その形をどうしたいか(小さくしたい、破りたい、色を変えたいなど)を書き添えても良いでしょう。
- 「手放したい感情」を表現する: 今、心の中で重荷になっている、あるいは手放したいと感じる感情を一つ選びます(例:不安、後悔、怒り)。その感情を象徴するような絵を描いたり、色を塗ったり、関連する写真や言葉の切れ端をコラージュしたりします。表現し終えたら、「私はこの感情を手放します」といった言葉を書き添えることで、意識的に手放す意図を強化します。
- 「安心できる場所」を描く: 心が疲れている時、自分にとって最も安心できる場所や状況を想像します。それは実際の場所でも、想像上の場所でも構いません。その場所をジャーナルに描いたり、コラージュしたりします。五感を使い、その場所の空気感、音、匂いなどを思い出しながら表現することで、ジャーナルページを自分だけの安全な空間に変えることができます。
必要な道具と実践のヒント
アートジャーナリングを始めるのに特別な道具は必要ありません。
- ノートまたはスケッチブック: どんなものでも構いません。開きやすいリング式や、紙がしっかりしたものが使いやすいかもしれません。
- 描画材: ペン、鉛筆、色鉛筆、クレヨン、絵の具(水彩、アクリルなど)、マーカーなど、手軽に使えるものから始めましょう。数色あれば十分です。
- その他: ハサミ、のり、雑誌やカタログの切り抜き、シール、マスキングテープなど、コラージュに使えそうなものがあれば表現の幅が広がります。
実践のヒント:
- 完璧を目指さない: 「うまく描こう」と思わないことが最も重要です。子供の頃のように、ただ手と心を動かしてみましょう。
- 短時間でもOK: 10分や15分でも構いません。忙しい日常の隙間時間に取り入れることから始めましょう。
- 安全な空間で行う: 誰にも見られない、自分だけの時間と場所を確保できると、より自由に表現できます。
- 振り返りの時間を持つ: 描いたりコラージュしたりした後、少し時間をおいてからジャーナルを眺め、そこに何が見えるか、どんな感覚が湧いてくるかを観察し、必要であれば言葉で書き加えてみましょう。
まとめ
論理や合理性が重視される現代社会で生きる私たちは、知らず知らずのうちに自分自身の感情や内なる感覚を置き去りにしてしまうことがあります。アートジャーナリングは、言葉にならない感情に寄り添い、それを安全な形で表現することを助けてくれる強力なツールです。
アートジャーナリングの実践を通して感情を可視化し、表現することは、単にストレスを解消するだけでなく、自分自身の内面への理解を深め、感情との健全な付き合い方を学ぶプロセスでもあります。それは、揺れ動く感情の波の中でも、自分自身の内なる安定した中心を見つけ、より健やかな状態で日々を送るための確かな一歩となるでしょう。
ぜひ、身近な道具で構いませんので、今日からアートジャーナリングを始めて、あなたの言葉にならない感情を解き放ち、内面の安定を取り戻す旅に出かけてみてください。